脂質異常症について
「脂質異常症」という言葉を耳にされたことはありますか?
以前は、「高脂血症」という病名でしたが、脂が「高い」ことだけが問題ではなく、「低い」ことも病気に関係があることから、名前が変更されました。他に、「高コレステロール血症」と呼ばれる病名も同じです。
今回は、脂質異常症が、どのような病気で、どのようにすれば防げるのか、どのような治療があるのか、などについてお話いたします。
監修:帝京大学医学部 医学部長 寺本民生 先生
脂質異常症の間違った常識①
Q.やせているから、私は大丈夫?
脂質異常症になりやすいのは、太っている方だけではありません。
やせているように見える方でも、内臓肥満のような「かくれ肥満」の方は、危険性があります。
Q.“LDLコレステロール”は、ワルモノ?
悪名高きLDLコレステロール。実は、身体の原料となるコレステロールを全身へ運びます。
しかし必要以上の量が体内にあると、血管をボロボロにする“悪玉”でもあります。
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
まずクイズを4つ、ご用意しました。みなさんと一緒に考えたいと思います。
「やせている人は、脂質異常症にならない」でしょうか?答えは“NO” です。太っている方が、やせている方よりも、脂質異常症になりやすいのは事実です。しかし、やせている方でも、脂質異常症の方は結構おられます。
また、一見やせていても、内臓肥満、つまり、お腹に脂肪がたまっている方は、「かくれ肥満」と言って、脂質異常症になる確率が高いことがわかっています。
では、次のクイズです。「悪玉コレステロールとして、有名なLDLコレステロールは、果たしてワルモノ」なのでしょうか?こちらも答えは“NO” です。コレステロールはわたしたちの体を作る重要な原料です。主にコレステロールは、肝臓で作られたり、食べ物に含まれて、小腸から体へ吸収されたりします。
LDLコレステロールは、できたコレステロールを、体のすみずみまで運ぶ働きをします。ただし!一定量を超えると、血管をボロボロにするため、「悪玉コレステロール」と呼ばれるようになりました。
脂質異常症の間違った常識②
Q.イカやエビはコレステロールが多い?
コレステロールが多い食品として、卵以外にイカやエビがあります。
ただこれらは卵のように頻繁に食べないのと、逆にコレステロールを抑えるタウリンを含んでいるので、適量を食べることをおすすめします。
Q.食事療法や運動療法は本当に効果があるの?
効果バツグンです!病気の原因が、脂質の摂り過ぎと、運動不足によるエネルギーの消費不足だからです。
治療の第一歩は、脂質の体内への入りすぎを防いで、エネルギーとして使うことです。
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
「イカやエビはコレステロールが多い」?答えは“YES” です。確かに、「多い」「少ない」の話題になれば、これらの食材は「多い」分類に入ります。しかし、卵のように毎日、食べるわけではないので、好物の方は主治医に相談してみましょう。
「食事療法や運動療法は、本当に効果があるのだろうか」と少し不安になったことはありませんか?脂質異常症の一番の原因は、必要以上にコレステロールを取りすぎることです。食事療法と運動療法を行うことで、原因を取り除けるため、根本的な治療方法としてとても重要なのです。
モナリザ”は、脂質異常症だった!?
モナリザの左目頭にある黄色い“しこり”。これが、脂質異常症でよく見られる“眼瞼黄色腫(がんけんおうしょくしゅ) ”ではないか・・・との疑いがありました。結局はモデルとなった女性が特定できず、未解決のままでした。
脂質異常症の主な症状
サイレントキラー(無症状):
「痛み」「かゆい」などの自覚症状が起こりません
黄色腫:
目で見える症状の代表的なもの。眼瞼(=まぶた)の内側に、やや黄色みを帯びた膨らみができます。他にアキレス腱が太く厚くなることがあります
篠田達明著;モナ・リザは高脂血症だった(新潮新書)
寺本民生著:高脂血症テキスト(南江堂),2002
モナリザは脂質異常症だったのではないか?という疑問を説いた書籍をご紹介します。
絵のモナリザの左の目頭の上にある「黄色いしこり」。これが脂質異常症でよく症状に現れる「眼瞼黄色腫(がんけんおうしょくしゅ)」ではないかというのです。しかしながら、モデルとなった女性が特定できなかったため、実際はどうであったかは不明のままでした。
脂質異常症の症状は、「痛み」「かゆみ」などの自覚症状がほとんどありません。唯一といっていいほどの特徴が、モナリザに見られるこの目の上にある「黄色いしこり」なのです。
日本人の主な死因
平成21年人口動態統計の年間推計 大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課
では、ここからは、脂質異常症が起こる原因について、お話いたします。
最初に、日本人がどのような原因で死亡しているか、を示したグラフを紹介します。
黄緑色の線で示されるのは「悪性新生物」、いわゆる「癌」です。これが最も多く、現在では3人に1人が癌で亡くなる時代になりました。次いで多いのが、赤い線の「心疾患」、青い線の「脳血管疾患」です。これら2つの疾患は、いずれも「血管」の病気であり、発症する原因として、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病と、深い関係があると考えられています。
心疾患・脳血管疾患の原因
メタボリックシンドローム
*CTスキャンなどに内臓脂肪量測定を行うことが望ましい。
*ウエスト径は立体、軽呼気時、臍レベルで測定する。脂肪蓄積が著明で臍が下方に偏位している場合は肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定する。
*メタボリックシンドロームと診断された場合、糖負荷試験が薦められるが診断には必須ではない。
*高TG血症、低HDL-C血症、高血圧、糖尿病に対する薬剤治療をうけている場合は、それぞれの項目に含める。
*糖尿病、高コレステロール血症の存在はメタボリックシンドロームの診断から除外されない。
日本内科学会雑誌94;188-203.
では、そのメタボリックシンドロームについて、お話いたします。
メタボリックシンドロームであるか否かには、ある一定の決まりがあります。
第一段階のチェックは、おへそがある位置で測った「ウエストの数値」です。男性で85㎝、女性で90㎝以上の方は、該当者になります。
第二段階のチェックは、血液検査で、
- ①脂成分の一つである「トリグリセライド」が150㎎/dL以上、もしくはいわゆる「善玉コレステロール」と呼ばれる「HDLコレステロール」が40㎎/dL未満の方。
- ②あるいは、収縮期血圧が130㎜Hg以上、拡張期血圧が85㎜Hg以上の方。
- ③あるいは、糖尿病の血液検査で、何も食べていない状態での血糖値が110㎎/dL以上の方。
この3つのうち、2つ以上の項目があてはまる方は、メタボリックシンドロームとして診断され、いままでの生活習慣を見直すことがとても大切になってきます。
メタボリックシンドローム予備群数(年齢別)
平成20年 国民健康・栄養調査結果の概要健康局総務課生活習慣病対策室より作図
食生活の欧米化に伴い、メタボリックシンドロームの方の人数は今後、増えると予想されています。
こちらは平成20年に、全国で国民の健康状態や栄養状況を調べた数値です。
左側のグラフでは、「今、メタボリックシンドロームであると強く疑われる方」の割合を、20歳代から70歳以上の年齢別に、示しています。青い棒グラフで示しているのは男性です。ピンク色の女性よりも、圧倒的に多くなっているのがわかります。また年齢別では、中年以降の50歳代から急激に増えていることも特徴の一つです。
右側のグラフでは、「これからメタボリックシンドロームになると予測される方」の割合を示しています。こちらでも、青色の男性が圧倒的に多く、また、年齢別では、20歳代や30歳代などの、若い方が多いことから、今後、メタボリックシンドロームの方の人数は増えると予想されています。
「沖縄クライシス」
肥満、メタボリック症候群の増加により沖縄男性の平均寿命が大きく低下
BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m) |
|
---|---|
平成21年度 厚生労働省統計 国民健康・栄養調査 より作図 |
平成17年 厚生労働省統計 都道府県別生命表の概況より作図 |
では全国の都道府県では、どのようなことが起こっているのでしょうか。
左側のグラフは、「長寿県」と呼ばれる沖縄県と全国において、「肥満」の男性がどのくらいいるのかを、年ごとに経時的に調べた調査です。オレンジ色が沖縄県を、ピンク色が全国を示しています。ご覧のように、1988年では、全国のほうが肥満の割合が高かったものの、その後、オレンジ色の沖縄県のほうが、肥満の方が多くなっていることがわかりました。
右側の表は、全国の都道府県別の平均寿命のランキングの1~5位までを示しています。ずっと上位を占めていた沖縄県は、2000年以降にランキングが26位に低下しました。これは戦後に、ファストフードなど食生活の欧米化が浸透した結果と考えられており、左側のグラフの結果とあわせると、肥満やメタボリックシンドロームの方が増えたことが影響しているのではないかと考えられています。この現象を「沖縄クライシス」と呼んでおります。
総コレステロール値の推移(都市部/農村部)
Kitamura A et al. J Am Coll Cardiol 2008; 51: 71-79.
これは、都市部と農村部に在住する40~69歳までの、男性のコレステロール値の変化を、年月の経過とともに現したグラフです。
青い線は「大阪府八尾市」の方の、赤い線は「秋田県井川町」の数値です。八尾市を都市部、井川町を農村部として、比べてみると、徐々に農村部のコレステロール値が増加しているのがわかります。一般的に、都市部では、ファストフードの影響や、交通の便が良いことなどから、食生活の欧米化の影響をうけやすいと考えられています。しかし、この現象は、都市部だけの問題ではなく、将来的には農村部でも起こってくる可能性があることを示しています。
中性脂肪の自己紹介
悪いイメージがありますが・・・
じつは、大切な“エネルギー源” !
●基準値(50~149㎎/dL*)
*血液検査の測定法によって異なります
●食事やアルコール飲料の影響によって変動します
寺本民生著:高脂血症テキスト(南江堂),2002
巽典之編著:基準値ハンドブック(南江堂),1998
では、ここからは、脂質異常症がどのような病気であるかについて、お話いたします。
まず、わたしたちの体には、どのような「脂」があるのでしょうか。
こちらは「中性脂肪」。またの名を「トリグリセライド」と呼びます。中性脂肪と聞くと、悪いイメージをお持ちの方もおられるかもしれません。しかし、さきほど冒頭に出てきたLDLコレステロールと同様、体にとっては非常に重要な役割を持っています。それは、わたしたちが生きていくための「エネルギー」として、この中性脂肪は働いてくれるのです。余分な中性脂肪は、主に、皮下脂肪にためられるため、血液の中で一定量以上に増えすぎると、肥満の原因になってしまいます。
LDLコレステロールの自己紹介
悪いイメージがありますが・・・
コレステロールを全身から細胞へ運びます
(コレステロールは体を作る材料)
●基準値(~139㎎/dL*)
*血液検査の測定法によって異なります
●LDL-C計算式(Friedewaldの式)=
総コレステロール-1/5トリグリセライド-HDLコレステロール
(トリグリセライド≧400㎎/dLでは直接測定法で測定)
寺本民生著:高脂血症テキスト(南江堂),2002
巽典之編著:基準値ハンドブック(南江堂),1998
次に、LDLコレステロールです。
こちらも悪名高い代名詞として有名です。しかし、本来の働きは、コレステロールを体のすみずみまで運ぶ運搬者として、とても大切なのです。ただし、一定量以上に増えてしまうと、血管をボロボロにする動脈硬化の原因となるため、「悪玉コレステロール」と呼ばれています。
HDLコレステロールの自己紹介
余分なコレステロールを
細胞から肝臓へ回収します!
(血液のお掃除屋さん)
●基準値(男性35~85㎎/dL、女性40~95㎎/dL*)
*血液検査の測定法によって異なります
寺本民生著:高脂血症テキスト(南江堂),2002
巽典之編著:基準値ハンドブック(南江堂),1998
最後は、HDLコレステロールです。
またの名は「善玉コレステロール」です。良いイメージがありますね。それもそのはずで、体の中の余分なコレステロールを掃除機のように吸い込んで、肝臓へ回収する運搬者だからです。そのため、LDLコレステロールの数値が高いのも問題ですが、このHDLコレステロールの数値が低くなりすぎるのも、困ったことになるのです。
脂(脂質)が水(血液)に溶け込むために
寺本民生著:高脂血症テキスト(南江堂),2002
以上、ご紹介しました3つの「脂」たちは、血管の中を自由に行き来して、必要なときに、体の必要な場所へ届けられます。
しかし、ご存知の通り、「脂」は「水」に溶けにくい性質があります。困ったことに、血液は、水分に近い性質なのです。そこで、「脂」を、LDLコレステロールやHDLコレステロールなどのような「入れ物」に入れて、血管の中を行き来しているのです。
「入れ物」の外側は、水に溶けやすい性質の物質で、覆われています。内側には、脂分の物質を詰め込んでいます。球形のような「入れ物」を形作ることで、脂を全身へ届けることができるのです。
脂質異常症のタイプ
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
では、ここからは、脂質異常症のタイプについて、お話しいたします。
患者さんのタイプには、大きく3つあります。左側から、「コレステロールが高い」タイプ、「中性脂肪が高い」タイプ、最後に「どちらもが高い」タイプです。
どんな人が、脂質異常症に なりやすいのでしょう
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
どのような方が、脂質異常症になりやすいのでしょうか。
「脂質異常症になりやすい遺伝子を持っている方」や、「脂質異常症とは別の病気によって、結果的に発症してしまう方」がおられます。しかし、最も多いのが、食事のバランスが偏ったり、運動不足、お酒の飲みすぎ、ヘビースモーカーなどの「生活習慣の乱れ」が原因となる方です。
中性脂肪・LDLコレステロールが 高くなると・・・
Ross R.NEJM 2001; 340 : 115-126.
中性脂肪やLDLコレステロールが、一定量よりも、増えてしまうと、わたしたちの体はどうなるのでしょうか。
ここで、血管に注目したいと思います。左側が、正常な方の、血管の断面図を、イメージした絵です。血液が通る道、つまり、内側の丸い形が、きれいな円形をしています。このような血管では、血液の流れもスムーズです。
しかし、中性脂肪やLDLコレステロールなどが必要以上に増えてしまうと、血管はダメージを受けてしまいます。その結果、右側の絵のような、血管に変わってくると考えられています。
増えすぎた中性脂肪やLDLコレステロールは、血管を通っている間に、本来なら入るはずのない、血管の壁の隙間に、入り込んでしまいます。入り込んだ部分では、膨らみがどんどん大きくなり、次第に、空洞の部分がいびつな形、あるいはゴツゴツして変形するようになります。壁が膨らんできたため、血液の通り道が狭くなり、血液の流れが悪くなったり、よどんだりします。このように血管は、ボロボロに傷ついてしまうのです。これがいわゆる「動脈硬化」と呼ばれる現象です。
動脈硬化が引き起こす “生命に危険がおよぶ疾患”
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
血管で、動脈硬化が起こると・・・。
狭心症や心筋梗塞などの心臓の病気や、脳卒中など脳血管疾患を引き起こす恐れがあります。とくに、心筋梗塞や脳卒中などは、すぐに治療を開始しないと、ときには命を失うような「生命に危険がおよぶ疾患」なのです。
狭心症には、2種類あります
相澤忠範著:名医の図解 狭心症・心筋梗塞の予防・治療と生活のしかた(主婦と生活社),2009:16-17
狭心症とは、心臓の血管が狭くなり、心臓へ十分な血液を送られなくなったときに起こる病気です。
原因によって、2種類のタイプに分けられます。1つは、体を動かしたりして、心臓が多くの酸素を必要とした時に起こるタイプで、「労作性狭心症」と呼ばれます。もう1つは、心臓が激しい動きをしていない「安静時」に起こるタイプです。動脈硬化が原因となりやすいのは、左側の「労作性」と呼ばれるタイプのほうです。
いずれも、発作の症状は、「心臓がある胸部分の痛み」です。ぎゅっと押さえられたような痛みや、上から物を乗せられたような圧迫感があり、呼吸が苦しくなってきます。このような症状があったら、早めに病院を受診して検査をすることが大切です。
心筋梗塞はこのようにして起きる!
血栓ができ、冠動脈が完全に詰まってしまうと、胸が激しく痛む、締めつけられるような不快感がある、など心筋梗塞の症状が起きる。一刻も早く冠動脈の詰まりを除去しないと、心臓にダメージを残すことになる。
相澤忠範著:名医の図解 狭心症・心筋梗塞の予防・治療と生活のしかた(主婦と生活社),2009:20-21
次に、心筋梗塞についてお話します。
「梗塞」という文字の意味は、「詰まる」という意味です。つまり、狭心症とは違って、心臓の血管が何らかの理由で詰まってしまい、その結果、酸素を心臓へ送ることができなくなった状態になってしまう病気です。すぐに治療を開始しないと、酸素が足りなくなり、心臓が動かなくなるため、非常に危険な状態に陥る可能性があります。狭心症を何度か繰り返しているにもかかわらず、治療をせずに放置した場合、さらに動脈硬化が進んで、心筋梗塞を引き起こす危険性があります。
主な症状は、胸の痛みです。狭心症と同じように聞こえますが、実際は、「耐えられない」くらいの激しい胸の痛みが、狭心症の時よりも長く続きます。発作が起こったら、すぐに救急車を呼んで、専門医を受診することが必要です。
脳卒中は“出血”と“詰まる”の2種類
内山真一郎著:名医の図解 脳梗塞の予防・治療と生活のしかた(主婦と生活社),2010:16-21
動脈硬化が、脳の血管で起こった場合、脳卒中を起こす危険性があります。
脳卒中とは、脳の血管で何らかの理由により、血液が脳に行き届かなくなったときに起こる病気です。主に、「出血する」タイプと、「詰まってしまう」タイプの2種類があります。「出血性」では、脳のどの部分で出血したかによって、呼び名が変わりますが、いずれも血管が破れて起こる病気です。
詰まってしまうタイプは「虚血性」と呼び、詰まってしまうことで、脳へ酸素が十分に行き届かなくなり、脳の機能が失われてしまうことを言います。脳の血管が狭くなり起こる場合もありますが、心臓の血管でできた血液の塊りが、脳の血管に流れついて、脳で詰まってしまう場合もあります。
NIPPON DATA80 リスク評価表
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版
日本人を対象に、性別、合併症、喫煙の有無、コレステロール値、年齢、血圧値を調べて、心筋梗塞などの心臓病で亡くなる確率を調べた調査結果があります。
例えば、「男性」「糖尿病がある」「タバコを吸わない」「コレステロール値=230mg/dL」「55歳」「収縮期血圧値=165mmHg」の方の場合、今から10年後に、心臓病で亡くなる確率は2~5%、100人のうち、2~5人の確率でこのようなことが起こるかも知れないと推測されます。
この調査以外にも、他の調査結果を参考にして、次にお話する「脂質異常症」の治療の目標が決まりました。
脂質異常症の診断基準(空腹時採血)
高LDLコレステロール血症 |
LDLコレステロール≧140mg/dL |
---|---|
低HDLコレステロール血症 |
HDLコレステロール<40mg/dL |
高トリグリセライド血症 |
トリグリセライド≧150mg/dL |
この診断基準は薬物療法の開始基準を表記しているものではありません。
薬物療法の適応に関しては、他のリスクも勘案し決定されるべきであると考えられます。
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007年版
では、ここからは、どのような状態が「脂質異常症」であるのか、をお話いたします。
脂質異常症は、脂の種類によって、3つに分けられます。3人の患者さんのタイプとは、少し違います。
高LDLコレステロール血症とは、LDLコレステロール値が140mg/dL以上の場合をいいます。
低HDLコレステロール血症とは、HDLコレステロールが40mg/dL未満の場合で、高トリグリセライド血症とは、トリグリセライドが150mg/dL以上の場合をいいます。
これらはいずれも、食べ物を食べていないときに、血液を採取して、それぞれの数値を調べます。ただし、一回でも、このような値が出たからといって、すぐに薬を飲まなければいけないというわけではありません。
治療の目標
「年齢」「合併症」「既往歴」などの違いで、目標は一人ひとりちがいます。
脂質管理と同時に他の危険因子(喫煙、高血圧や糖尿病の治療など)を是正する必要がある。
*LDL-C値以外の主要危険因子
加齢(男性≧45歳、女性≧55歳)、高血圧、糖尿病(耐糖能異常を含む)、
喫煙、冠動脈疾患の家族歴、低HDL-C血症(<40mg/dL)
‐糖尿病、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症の合併はカテゴリーIIIとする。
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007年版
治療の目標は、性別、合併症、あるいは心臓病など、その方が過去に起こった病気の有無によって、違ってきます。
一度も心臓病を起こしたことがない方は、これからも心臓病を起こさないために、治療を開始します。これを「一次予防」と呼びます。一度、起こしたことがある方は、もう二度と起こさないために治療を開始します。これを「二次予防」と呼びます。
一次予防では、年齢、男性では45歳以上、女性では55歳以上、高血圧、耐糖能異常を含む糖尿病、喫煙の有無、冠動脈疾患の家族歴、HDLコレステロールが40mg/dL未満など、いずれかの項目が該当する個数によって、異なってきます。例えば、45歳以上の男性で、高血圧がある方では、この表のように、LDLコレステロールの管理目標値は、140mg/dLです。この数値を目指して、食事療法と運動療法を行います。
治療の主役は “食事療法”
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
ここからは、脂質異常症の治療についてです。
治療の柱は、栄養素とエネルギーのバランスを考えた食事療法と、適度な運動療法です。この2つの治療方法で、十分に改善しないときは、薬を飲みはじめます。
日本人コレステロール摂取量は男女とも米国人を上回ります
特に若年層の摂取量の高さは明らかです。
※資料により、年齢区分が異なります。
National Health and Nutrition Examination Survey (NHANES)2007-2008
平成20年 国民健康・栄養調査 結果より一部改変
なぜ、これほど、食事療法と運動療法が重要なのでしょうか。
こちらのグラフは、日本人と米国人の1日のうちのコレステロールを摂取する量を、年齢別に比較したものです。
濃い青線は日本人男性を、濃い赤線は日本人女性を示しています。一方、薄い青線は米国人男性を示しています。ご覧の通り、米国人と日本人では、今ではコレステロールの摂取量はほぼ同じくらいになってきたのです。しかも、10歳代、20歳代の非常に若い方で、コレステロールの摂取量が増えてきているのです。
男性、女性ともに高コレステロール血症は増加
約40年の間に、男性で9倍、女性で8倍に
Kubo M, Kiyohara Y et al. Circulation 2008; 118 : 2672-2678.より作図
こちらは、1961年から2002年まで、福岡県の久山町に住んでいる方を対象に、肥満および高コレステロール血症の方の割合を調べました。
左側のグラフは男性を示しています。赤い線は肥満、青い線は高コレステロール血症の方を示しています。男性では、とくに、1988年以降、肥満および高コレステロール血症の方が急激に増えていることがわかりました。
食事療法;第一段階
適正化
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007年版より作図
以上のことから、脂質異常症の治療として、コレステロールを必要以上に摂取しない「食事療法」が非常に重要であることが、おわかりいただけるかと思います。
食事療法には、第一段階と第二段階に分かれています。
第一段階では、全ての摂取エネルギーのとり過ぎを防ぎます。ただし、栄養のバランスが偏らないように気をつけましょう。しかしこれでも、LDLコレステロールがご自身の管理目標値まで、下がらないときは、「第二段階」へすすみます。
食事療法;第二段階
病型別の食事療法と適正な脂肪酸摂取
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007年版より作図
第二段階ではさらに、栄養素の細かな制限が必要になります。
さきほど、脂質異常症には3つタイプがあるとお話しました。「コレステロールが高い」タイプ、「中性脂肪(トリグリセライド)が高い」タイプ、最後にその「どちらもが高い」タイプです。
このタイプ別によって、制限する栄養素が変わってきます。例えば、コレステロールが高い「高LDLコレステロール血症(高コレステロール血症)」では、脂質、コレステロールの摂取の制限を強化します。そして、摂取しても良い脂と、摂取を控える脂の種類を区別します。
また、「高トリグリセライド血症」では、トリグリセライドの原料となる単糖類および炭水化物を制限します。
食事療法のポイントと調理のコツ
ポイント
- 1.ご飯やめん類の主食は、しっかりと食べましょう
- 2.肉は部位を選んで、脂身はカットしましょう
- 3.青背の魚には、コレステロールを下げる成分が含まれています
- 4.緑黄色野菜などの食物繊維をたくさん摂りましょう
- 5.大豆は良質なたんぱく質です
調理のコツ
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002より参考
食事療法は、食事内容と、調理方法を工夫することで、その効果は大きく変わってきます。
ご飯やめん類などの主食は、しっかりと食べましょう。お腹がすいていると、ついつい間食などしてしまい、かえって摂取カロリーが増えてしまいます。
お肉は、その部位や種類によって、含まれるカロリーやコレステロールの量が違います。ささ身など、低カロリーのものを選ぶこと。また、調理するときには、なるべく脂身は包丁でカットしておきましょう。
まぐろやさばなどの背中が青い魚には、コレステロール値を下げる脂肪酸が含まれています。人参やブロッコリー、カボチャなどの緑黄色野菜も、動脈硬化を予防するビタミンCを多く含んでいます。これらの食材は、積極的に食べるとよいでしょう。
また、調理する際、同じ揚げものでも、揚げ方によって、食べ物に含まれる油の量は違います。中でも、素揚げは、含む油が最も少ない調理法です。
外食のコツ
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002より参考
一般的に、外食は、高カロリーで塩分が多くなりがちです。しかし、外食とはいえ、食事療法が不可能なわけではありません。
メニューを選ぶときのコツを、いくつかお話いたします。まずは、主食と主菜、副菜などのバランスが良い定食がおすすめです。洋食や中華料理に比べて、和食はカロリーが低めですが、丼ものなどのときは、何か一品をつけてバランス良く食べましょう。
ラーメンなどは、スープに脂や塩分などが多く含まれるので、なるべく残したほうが良いでしょう。
運動療法の効果
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002より参考
次は、運動療法について、お話します。
体を動かすことで、さまざまな効果が出てきます。脂質異常症の原因となる物質を減らせるだけでなく、太りにくい体質になり肥満の予防につながります。また、他の生活習慣病の予防にもなるため、脂質異常症だけでなく、相乗的にさまざまな良い影響が出てくると考えられます。
運動療法の内容
80kcalを消費するための運動時間(運動量)の目安
有酸素運動とは・・・
運動療法には、「無酸素運動」と「有酸素運動」の2種類があります。たくさんの酸素を体に取り入れながら、エネルギーをゆっくり燃やす運動のことを「有酸素運動」と呼び、この運動のほうが、より効果的な運動療法と考えられています。
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002より参考
では具体的に、どのような運動療法があるのか、ご紹介しましょう。
運動療法といっても、マラソンや水泳など、ハードな動きだけが、運動療法とは限りません。例えば、1日3000歩を歩くだけでも、10分間走るくらいのエネルギーの消費と同じです。個人差はありますが、消費カロリーは1日300~400kcalなので、1日10000歩を歩くのを目標にしましょう。
運動療法のコツ
一人で手軽に
準備運動はしっかりと
無理なく続けられる
日常生活に運動を
- ・階段を使う
- ・近場へは歩く
- ・一日一掃除
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002より参考
運動療法は、食事療法と同じく、長く続けることがとても大切です。
個人差がありますので、程度としては、ご自身が、少ししんどいけれども、無理なく続けられるという位が、ちょうど良いでしょう。整形外科など他の診療科を受診されている方は、どのような運動療法が相応しいかを、その科の主治医と相談してから始めてください。
薬物療法をはじめる前に
①食事療法と運動療法は続けたまま
②途中で止めたり、飲む量を変えずに、医者の指示通り、飲みましょう
③体の調子がいつもと違うと感じたら、すぐに医師に連絡しましょう
④お薬の名前を覚えておきましょう
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002より参考
最後に、薬の話をしたいと思います。
3~6カ月間、食事療法や運動療法を行っても、LDLコレステロール値が目標値に届かないときは、薬物療法が始まります。薬を飲むことは、治療の一つですが、脂質異常症の原因を取り除けるわけではありません。ですから、薬を飲み始めても、食事療法と運動療法はきっちりと続けましょう。
また、薬を飲み始めて、体の調子がいつもと違うと感じたら、すぐに主治医に相談してください。
治療薬の紹介
※その他の治療薬
多価不飽和脂肪酸、植物ステロールなど
寺本民生、小西智子著:専門医が治す!高脂血症(高橋書店),2002
浦部晶夫 他.今日の治療薬 2011
脂質異常症の治療薬は、コレステロールを下げる薬と、中性脂肪を下げる薬があります。
コレステロールを下げる薬で、最もよく使われているのは、「HMG-CoA還元酵素阻害薬」という種類の薬です。
また、食べ物に含まれるコレステロールは小腸から吸収されるため、「小腸コレステロールトランスポーター阻害薬」は、小腸でコレステロールの吸収を抑えて、下げる働きを持ちます。
さいごに、脂質異常症は、ご自身の生活習慣が原因となる病気です。食事や運動など、毎日の生活を見直して、規則正しい生活に近づけることが、基本的な治療方法です。根気良く、長く続ければ、結果はついてくるでしょう。まずは、規則正しい食事と生活で、脂質異常症にならないように気をつけましょう。
2012年版 動脈硬化性疾患予防ガイドラインについて
日本動脈硬化学会は、2012年6月20日に、動脈硬化性疾患に関するガイドラインの最新版「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」を発刊しました。2007年版からの5年ぶりの改定で、リスク管理のための患者層別化に絶対評価を導入するなど大幅な刷新となりました。
今回の2012年版における主な改訂点は、新たなエビデンスと国際的なガイドラインの動向を反映したもので、
- (1)診断基準に境界域を新設
- (2)患者の層別化に絶対リスク評価を採用
- (3)動脈硬化性疾患の包括的管理
- (4)高リスク病態によるリスク層別化の強化
- (5)血中脂質マーカーとしてnon HDL-Cの導入
の5つになります。
診断基準に境界域を新設
新しいガイドラインでは、脂質異常症についての従来からの基準値であるLDL-C値140mg/dL以上に加え、新たに「境界域高LDLコレステロール血症」の基準値として「LDL-C値120~139mg/dL」を設けました。スクリーニング時に対象者が境界域だった場合、「高リスク病態がないか検討し、治療の必要性を考慮する」としています。また、2007年版では「脂質異常症の診断基準(空腹時採血)」としていたものを、「脂質異常症:スクリーニングのための診断基準(空腹時採血)」とスクリーニングの基準であることを明確化しました。
絶対リスクの評価による層別化
これまでのガイドラインでは、健常者に対する相対的リスクで評価がなされてきましたが、個々を絶対リスクで評価できないことは課題とされてきました。しかしながら、NIPPON DATA80の絶対リスク評価チャートにより、個々のリスクを絶対評価で表現することが可能となりました。
これにより、個人が有する危険因子を総合的に評価でき、性差や加齢の影響も解消できると期待されています。
まず、脂質異常症:スクリーニングのための診断基準を用いてスクリーニングを行います。
下記に示した、LDL-C管理目標設定のためのフローチャートにより個々のリスクを絶対評価で層別化していきます。
冠動脈疾患の既往が判明すれば、二次予防として管理します。
冠動脈疾患の既往がない場合には一次予防になりますが、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、非心原性脳梗塞、末梢動脈疾患(PAD)にいずれかを合併していれば、それだけで高リスクとみなし、カテゴリーⅢとなります。
これらの合併がない場合には、冠動脈疾患絶対リスク評価チャート(一次予防)に基づいて、カテゴリーⅠ、Ⅱ、Ⅲに分類します。一次予防のリスク評価については、冠動脈疾患による10年間の死亡率を評価するとされ、10年間の冠動脈疾患死亡率が0.5%未満を低リスク:カテゴリーI、0.5%以上2.0%未満をカテゴリーⅡ、2%以上を高リスク:カテゴリーⅢに層別化します。
NIPPON DATA80に含まれていない冠動脈疾患の家族歴、低HDL-C血症(40mg/dL未満)、耐糖能異常(IGT)があれば、追加リスクありとして、1ランク上のカテゴリーになります。
一次予防の各カテゴリーと二次予防における脂質管理目標値をまとめたものが、リスク区分別脂質管理目標値です。LDL-C、HDL-C、TGは、2007年版と同様の数値になっています。
また、「いずれのカテゴリーにおいても管理目標達成の基本はあくまでも生活習慣の改善」とした上で、低リスク群の管理目標について、「カテゴリーⅠにおける薬物療法の適用を考慮するLDL-Cの基準は180mg/dL以上」と記載しています。ただし、カテゴリーⅠであってもLDL-C180mg/dL 以上が持続する場合は、「生活習慣の改善とともに薬物療法を考慮してもよい」と規定しています。
動脈硬化性疾患の包括的管理
多くの患者は生活習慣病を併せもっており、常に包括的な判断が求められてきました。今回初めて、他の生活習慣病のガイドラインのエッセンスを折り込み、動脈硬化性疾患予防のための各種疾患(脂質異常症・高血圧・糖尿病・その他)の包括的なリスク管理チャートが加わりました。
高リスク病態によるリスク層別化の強化
近年、慢性腎臓病(CKD)に伴う脂質異常と冠動脈疾患のリスクの関係などの報告から、新たに慢性腎臓病が高リスク病態として扱われることになりました。また、強力にコレステロールの合成を抑えるスタチン系の薬剤(ストロングスタチン)の登場により、家族性高コレステロール血症(FH)は認識されずに治療されていることも多く、かつ、そのリスクは高いことから、「原発性高脂血症」とは別項目として取り扱われています。
non HDL-Cの導入
2012年版では、脂質異常の目標としてnon HDL-Cを新たに導入しました。
メタボリックシンドロームなど、低HDL-C血症、高TG血症が前面に出てくる脂質異常症の管理には、non HDL-C値が指標として有用であること、TCとHDL-Cから簡単に計算することができ、食後採血でも使用できること、さらにFriedewald式が適用できない高TG血症にも使用できることなどを利点として挙げています。
健常者におけるLDL-C値とnon HDL-C値の分布について調べた研究をもとに、non HDL-Cの管理目標については、「LDL-C管理目標値+30mg/dL」が妥当としています。